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ワモンゴキブリのキノコ体 Mushroom Body

岡田龍一 (兵庫県立大学)


キノコ体の構造


ワモンゴキブリのキノコ体は感覚情報の統合、運動の制御、学習行動に関与している昆虫の脳の最高次中枢である。キノコ体は脳の左右に一対ずつあり、傘部(calyx)、柄部(pedunculus)、アルファ葉(α lobe)、ベータ葉(β lobe)からなる(図1)。ワモンゴキブリのキノコ体はアリやハチなどの膜翅目昆虫と同様に片半球に二つの傘をもつdouble calyx タイプのキノコ体である。2つの傘から伸びた部分が合流して柄部になり、それがアルファ葉、ベータ葉に分岐する。古典的には、傘部はキノコ体の入力部位、アルファ葉、ベータ葉、柄部はキノコ体の出力部位と呼ばれている。この分類はおおむね正しいが、アルファ葉、ベータ葉、柄部にはキノコ体の出力神経だけでなく外部からの入力神経も存在することがわかってきたので、近年はアルファ葉、ベータ葉、柄部を出力部位と呼ぶことはあまりない。一方、傘には多くの入力神経が存在するので例外を許しながらも、現在でも入力部位と考える傾向が残っている。



図1 ゴキブリのキノコ体.
左半球だけを示してある。脳の後ろ側 (A)と前側 (B)。スケールは200 μm。a:アルファ葉、b:ベータ葉、LC: lateral calyx, MC: medial calyx, P: 柄部。(Mizunami et al., 1998bより)。



ケニオン細胞の特徴

片側のキノコ体にはおよそ20万個のキノコ体内在神経(ケニオン細胞)があり、この数はワモンゴキブリ脳の神経細胞のおよそ40%にあたる。一部のケニオン細胞の細胞体は、傘部がくぼんでできているくぼみの中に入り込んでいる。ケニオン細胞は傘部に樹状突起を持ち、キノコ体への入力細胞とシナプス結合を形成する。傘部内にはケニオン細胞と入力細胞がシナプスする領域とケニオン細胞の軸索が走行する領域とに大きく分けられる。傘部を出たケニオン細胞の軸索は柄部を通って二又にわかれて一方をアルファ葉に、他方をベータ葉へと伸びる(図2)。ケニオン細胞の細胞体は脳の他の神経細胞の細胞体に比べて小さく、直径が約6-10 μm程度である。一方で、脳の神経細胞の直径は小さいものでも10 μm以上あるものが多く、細胞によっては30 μm以上あるものもある。ケニオン細胞は軸索の直径も小さく1 μm以下である(Iwasaki et al., 1999)。


キノコ体の機能:解剖学的関連

ゴキブリのキノコ体の傘部は片半球に二つあり、正中線よりのものはmedial calyx 、体側側はlateral calyx と呼ばれている。この二つの傘部の機能的差異については今のところ全くわかっていない。ワモンゴキブリのケニオン細胞は、細胞の形態から4種類に分類される (Mizunami et al., 1998b)。それぞれのグループのケニオン細胞は傘部内の異なる領域に樹状突起を広げて入力神経とシナプスを形成し、キノコ体内の互いに異なる領域を走行する。そのため、ケニオン細胞は、種類ごとに異なる機能を持っている可能性があるが今のところ明らかにされてはいない。

キノコ体には少なくとも嗅覚、視覚、味覚、触覚(機械感覚)などの機械感覚の情報が入力されている。これらの感覚情報は傘部の別々の領域に入力すると示唆されている(Nishikawa et al., 1998; Nishino et al., 2012)。また、傘部にはGABAを伝達物質に持つ抑制性神経の入力も確認されている(Nishino et al., 1998)。以上のことを考慮すると、キノコ体では、感覚モダリティ別にそれぞれ特有なグループのケニオン細胞群にシナプス連絡している可能性が高い。
アルファ葉、ベータ葉、柄部は明暗16対の層からできており(Mizunami et al., 1998a)、それぞれの層の位置関係は互いに保存されている(図2)。一つのケニオン細胞はその細胞特異的な層を走行する。アルファ葉から伸びるキノコ体出力神経の樹状突起の解析から、キノコ体出力神経は明層あるいは暗層からのみ入力を受けるものや、アルファ葉の前面からのみ入力をうけるものなど、特定の層から入力を受けるものが観察される(Mizunami et al., 1998a; Li and Strausfeld, 1997)。このことから、キノコ体の層は哺乳類の機能カラムのような何らかの機能的単位であると期待されるが詳細はわかっていない。



図2 A: ケニオン細胞1個のスケッチ.
a:アルファ葉、b:ベータ葉、C:傘部、Ped:柄部。B: キノコ体アルファ葉の明暗層がつくる縞模様。スケールは20 μm。(Mizunami et al., 1998aより)



キノコ体の機能:神経生理学的関連


ワモンゴキブリの脳をボディアン染色やエチルガレート染色すると嗅覚の1次中枢である触角葉(antennal lobe)から出る非常に太い神経繊維の束が直接キノコ体傘部に入力しているのが見える。経路は触角-傘部トラクト(anteno-celycal tractまたは触角-脳トラクト anntenocerebral tract)とよばれ、トラクトの走行位置によって細分類される(Malun et al., 1993)。このことからキノコ体は嗅覚の2次中枢という側面も併せ持つ。キノコ体のケニオン細胞は匂い刺激によって同期的振動を示すが、バッタなどで観察されるような明確な大振幅の振動ではない。振動の周波数はバッタより少し高く、約25-30 Hzである(Stopfer et al., 1999)。キノコ体の出力神経を神経記録すると、嗅覚刺激の他に視覚刺激や機械感覚刺激に対する応答が見られることから、キノコ体がそれらの感覚情報を処理していることは明らかである。しかし、嗅覚の経路以外では感覚中枢からキノコ体に直接に入力する明確な経路は今のところ見つかっていない。

一方、キノコ体の出力を担う、出力ニューロンは形態的に複雑で多様である。報告されている多くはキノコ体のアルファ葉、ベータ葉、柄部のいずれか1ヶ所のうちの限局した部域に樹状突起を持ち、脳内の2ヶ所以上の領域に軸索終末し、脳の至る所に出力している(Li and Strausfeld, 1997, 1999)。上述したように出力ニューロンの中には、キノコ体内部の層構造に対応した樹状突起を持つものや、前側からの層からしか入力を受けないものなどがあることから、キノコ体の層には生物学的あるいは情報処理上の何らかの意味をもつ機能単位であることが予想されるが、今のところはまだ何もわかっていない。出力ニューロンは光、匂い、接触、気流、音など多種の感覚刺激に応答するマルチモーダル・ニューロンである(Li and Strausfeld, 1997)。以下で示すように、キノコ体の出力ニューロンは感覚応答だけでなく運動に関連した活動もする。



キノコ体の機能:神経行動学的関連


ワモンゴキブリのキノコ体は運動との関連も知られている(Mizunami et al., 1998c; Okada et al., 1999)。キノコ体には感覚刺激に応答する神経、運動と関連する神経、感覚刺激に応答しかつ運動と関連する神経が観察されている。運動に関連する自己受容器(proprioceptor)からの信号を反映していると推測される神経活動以外に興味深いものが報告されている。とくに歩行運動の開始の前から発火するユニット(図3)、歩く方向によって活動が異なるユニット、運動停止後一定時間、神経活動が抑制されるユニット、触角の位置や触角の運動方向によって活動が異なるユニットなど感覚入力による反応では説明ができないユニットが存在する。これらのことから、キノコ体は感覚情報や自己の運動司令情報などを用いて、運動の企画・準備・制御に関わっていると結論づけられている。

キノコ体は記憶や学習において重要な役割を果たしている。キノコ体を両側性に破壊すると視覚学習ができなくなる(Mizunami et al., 1998d)。ショウジョウバエ、ミツバチ、コオロギなどの他の昆虫で明らかになっているようにワモンゴキブリにおいても嗅覚学習にキノコ体が関与しているのは間違いない。


図3 運動の開始前に神経が発火するユニット.
ゴキブリは直進した(a)時の神経活動(スパイク列)をcに示す。神経活動トレース中の番号はaの番号と対応している。別の行動エピソード(b)では、ゴキブリは1から2の方へ少し回転した後3の位置まで回転し、その後4の位置まで前進した。この時の神経活動(d)と行動エピソードを照らし合わせると、この一連の行動エピソードでも最初の回転(1)の開始よりも前に神経発火が見られる。(Okada et al., 1999より)



参考文献

Iwasaki M, Mizunami M, Nishikawa M, Itoh T, Tominaga Y (1999) Ultrastructural analyses of modular subunits in the mushroom bodies of the cockroach. J Electron Microsc 48: 55-62.

Li YS, Strausfeld NJ (1997) Morphology and sensory modality of mushroom body extrinsic neurons in the brain of the cockroach, Periplaneta americana. J Comp Neurol 387: 631-650.

Li YS, Strausfeld NJ (1999) Multimodal efferent and recurrent neurons in the medial lobes of cockroach mushroom bodies. J Comp Nuerol 409: 647-663.

Malun D, Waldow U, Klaus D, Boeckh J (1993) Connections between the deutocerebrum and the protocerebrum, and neuroanatomy of several classes of deutocerebral projection neurons in the brain of male Periplaneta americana. J Comp Neurol 329: 143-162.

Mizunami M, Iwasaki M, Okada R, Nishikawa M (1998a) Topography of modular subunits in the mushroom bodies of the cockroach. J Comp Neurol 399: 153-161.

Mizunami M, Iwasaki M, Okada R, Nishikawa M (1998b) Topography of four classes of Kenyon cells in the mushroom bodies of the cockroach. J Comp Neurol 399: 162-175.

Mizunami M, Okada R, Li YS, Strausfeld NJ (1998c) Mushroom bodies of the cockroach: activity and identities of neurons recorded in freely moving animals. J Comp Neurol 402: 501-519.

Mizunami M, Weibrecht JM, Strausfeld NJ (1998d) Mushroom bodies of the cockroach: their participation in place memory. J Comp Neurol 402: 520-537.

Nishikawa M, Nishino H, Mizunami M, Yokohari F (1998) Function-specific distribution patterns of axon teminals of input neurons in the calyces of the mushroom body of the cockroach, Periplaneta americana. Neurosci Lett 245: 33-36.

Nishino H, Iwasaki M, Yasuyama K, Hongo H, Watanabe H, Mizunami M (2012) Visual and olfactory input segregation in the mushroom body calyces in a basal neopteran the American cockroach. Arthropod Struc Dev 41: 3-16.

Nishino H, Mizunami M (1998) Giant input neurons of the mushroom body: intracellular recording and staining in the cockroach. Nurosci Lett 246: 57-60.

Okada R, Ikeda J, Mizunami M (1999) Sensory responses and movement-related activities in extrinsic neurons of the cockroach mushroom bodies. J Comp Physiol A 185: 115-129.

Stopfer M, Wehr M, MacLeod K, Laurent G (1999) Neural dynamics, oscillatory synchronization, and odour codes. In: Insect olfaction. ed. Hansson BS. Springer, Verlag, Berlin, Heidelberg, New York. 163-183.

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