前大脳側部 Lateral Protocerebrum

前大脳側部の構造

前大脳側部は非密集型ニューロパイルであり,キノコ体などの周囲の明瞭な構造の間を埋めるように存在する.前大脳側部への触角葉投射神経の入力は,触角葉内の入力領域を反映したドメインが存在する.カイコガではc-GMP合成酵素の免疫抗体染色を用いた手法により,フェロモン主成分情報は前大脳側部の内側,デルタ領域へと出力されること,フェロモン副成分情報がデルタ領域の外側部,常糸球体投射神経による植物臭情報がさらに外側へと出力されるといった,機能構造が存在することが分かっている[Seki et al., 2005].こうした構造はショウジョウバエでも確認されている[Jefferis et al., 2007].またゴキブリにおいては,温度,湿度情報が,植物臭・フェロモン情報の投射先と異なることが分かっている[Nishino et al., 2003].


前大脳側部の機能

前大脳側部の機能は他の密集型ニューロパイルと比較しよく分かっていない.これまでの解剖学的な知見,投射神経の電気生理学的な知見からは,フェロモン,植物臭,機械感覚,湿度・温度感覚等の異なる感覚情報の統合が起こることが予想される.前大脳側部を構成する神経細胞の投射パターンは環境入力がなくとも,内因的なプログラムに依存する[Heimbeck et al. 2001; Tanaka et al. 2004].このため,キノコ体が学習・記憶に重要な役割を果たすのと対照的に,前大脳側部は経験に依存しない本能的な嗅覚行動に重要であると考えられている.ショウジョウバエでは,キノコ体の阻害は,雌への匂いよる定位行動への影響はほとんどなく,触角葉から前大脳側部を経る経路が本能行動に重要であることを示唆している[Kido & Ito, 2002].前大脳側部の分枝を持つ特定の神経細胞群が,交尾行動の開始に重要な役割を果たすことが分かっている[Broughton et al., 2004].また,キノコ体の阻害によって,匂いによる誘因行動に阻害がみられるものの,忌避行動には影響を与えないことから,忌避行動に関連した学習にも前大脳側部が重要な役割を果たす可能性がある[Wang et al., 2003].


前大脳側部を構成する神経細胞

入力細胞 投射神経は,樹状突起を触角葉内に持ち,前大脳に軸索投射を行う神経細胞であり,前大脳側部へ主要な入力を与える.キノコ体傘部を経由して前大脳側部に到達する経路と,前大脳側部を経由してからキノコ体傘部に至る経路がある.前大脳側部のみに出力する投射神経は存在するが,キノコ体のみに出力する例は知られていない.
出力細胞 前大脳側部に入力を持ち,他の前大脳領域へ出力を行う細胞を前大脳出力神経と呼ぶ.前大脳側部に入力領域を持ち,キノコ体の傘部,葉部へ出力するタイプの細胞について,形態学的および電気生理学的な知見がある[Nishino et al., 1998; Strausfeld & Li 1999; Perez-Orive et al., 2002].前大脳側部に入力領域を持ち,他の前大脳領域へ出力するタイプの細胞については形態学的な知見はあるが[Tanaka et al., 2004],生理学的な知見はほとんどない。