視葉 Optic Lobe
視葉の構造

昆虫の複眼上に2次元的に配置された視細胞からの情報が伝わる一次中枢は視葉(optic lobe)といわれる。カイコガを含む鱗翅目では視葉はラミナ(La)、メダラ(Me)、ロビュラ複合体(LC)の3つの領域からなり(図1)、視細胞からの情報はこの順に送られ処理される。ロビュラ複合体はロビュラ(Lo)とロビュラプレート(LP)の二つの並列(?)された部分からなる。以上の4領域はコラムと呼ばれる構造をもち、さらにその垂直方向に層状構造(stratum)をしている。これらのコラムには視細胞の2次元的配列がそのまま維持されている(図2)。このような構造は視野再現構造(visuotopyもしくはretinotopy)といわれ、哺乳類の大脳視覚野でもみられるものである。視葉で処理された視覚情報は次に脳の前大脳へ伝達され、単眼系、風受容系などの他の感覚系からの情報と統合されて、胸部神経節の運動回路に伝達し、首の回転や胸部の飛翔制御筋に用いられる。


視葉の機能

ラミナ


ラミナでの主な視覚情報処理は網膜上に写った像の輪郭を強調すること、すなわち明暗のコントラストを強調することと考えられている。視細胞から情報を伝達される2次ニューロン(ラミナ単極性ニューロン)では空間領域のうちニューロンに興奮性応答を引き起こす部分の周辺領域では光があたると逆に応答が抑制される。このような機構は側抑制(lateral inhibition)と呼ばれる。この機構により、網膜全体に光が一様にあたると興奮性応答領域と抑制性応答領域がともに刺激され、興奮と抑制が相殺されて全体としてはあまり応答しないが、網膜の一部にあたるとその明暗の境界で鋭い応答が見られる。

メダラ

メダラには物体がある特定の方向に動くときにのみ興奮性の応答を示し、その逆方向の動きにたいしては、抑制性の応答を示すニューロンが存在する。これらのニューロンは視野内のごく狭い空間領域での動きにのみ応答するので、局所運動検知ニューロンと呼ばれる。このような局所運動検知ニューロンがメダラ全域に整然と配列しており、視野内のどの方向の動きに対しても応答するニューロンが存在する。こうしてメダラのどのニューロンが応答したかにより、視野内のどの領域でどの動きがあったかを検知すると考えられている。またマルハナバチではメダラで色の処理が行われているとの報告もある。

ロビュラ

ロビュラでの情報処理機構についてはまだよく調べられていないのが現状である。しかし、ラミナやメダラのニューロンが狭い空間領域の情報を扱うのと対照的にそれら局所的な情報が統合され、より広い空間領域にわたる視覚情報が抽出されている。このことにより物体の形の識別がなされると考えられている。


視葉を構成するニューロン

視葉を構成するニューロンには、視葉内にのみ樹状突起や軸索を投射している
視葉内在性ニューロン(私の造語)と視葉と脳の中枢をつないでいる投射型ニューロン(便宜上この言葉を使った)が存在する。視葉と脳の中枢をつないでいるニューロンはさらに視葉から中枢へ投射する求心性ニューロンと中枢から視葉に投射する遠心性ニューロンが存在する(遠心性のものはほとんど報告がない)。
視葉を構成するニューロンについては双翅目のショウジョウバエなどで詳細に調べられているので以下に述べる内容は主としてショウジョウバエにおけるものを記述している。
ここで、注意したいことが2点ある。一つは、このようなニューロンの種類についてはすべてのニューロンの種類が同定できているわけではないこと。
二つ目は、動物種間にある行動の違いがニューロンの形態や機能やそれぞれの接続にも反映されているはずであり、ショウジョウバエでみられた構造がそのままカイコガにも完全に当てはまるわけではない-相同性は多分にあるとしても-ということである。この2点を常に心に留めて以下の説明を見てほしい。


ラミナ

ラミナには網膜から視細胞(R1-6)が投射している。視細胞のいくつかは(R7,8)ラミナを通り、メダラまで軸索を投射している。一方ラミナ単極性ニューロン(L1-5)はメダラに軸索を投射している。これらのニューロンはexternal optic chiasm(外側視交叉?)を介してメダラに投射している。ラミナ内に軸索を投射しているものとして、lamina intrinsic neuron(amacrine cell)、lamina wide field neuron、メダラから投射しているT-cell(T1-4)、lamina wide field(La wf1,2)メダラとロビュラプレートの間の縁に細胞体をもち、メダラを介してラミナに投射している遠心性のニューロンであるC2,C3などがある。投射型ニューロンとしてはlamina tangential neuron(Lat)が脳の中枢(protocerebrum)へ投射している(Fischbach and Dittrich, 1989)。


メダラ

メダラにはラミナから2種類の視細胞(R7,8)とラミナ単極性ニューロン(L1-5)が軸索を投射している。これらのニューロンはメダラの異なる層状構造(stratum)に投射している。メダラ内在性のものして、medulla intrinsic neuron(Mi)、distal medulla(Dm)および、proximal medulla(Pm)neuronがある。Transmedullary neuron(Tm1-26)はメダラからロビュラへinternal optic chiasm(内側視交叉?)を介して投射している。Transmedullary Y-cell(TmY1-12)はやはりinternal optic chiasmを介して、メダラからロビュラとロビュラプレートに分枝している。メダラへの入力としては、T-cell(T2a,b,T3,T4)とY-cell(Y)が分枝している(T2,3, Y-cellはロビュラにも分枝している)。さらに、medulla tangential neuron(Mt1-11)は求心性の投射型ニューロンで脳の中枢(protocerebrum)もしくは反対側の視葉に投射している。メダラからはキノコ体にも投射しているとの報告もある。

ロビュラプレート

ロビュラプレートにはメダラからTransmedullary Y neuron(TmY1-12)が投射している。ロビュラプレート内在性のものとしては、lobula plate amacrine neuron(Lpi)が知られている。ロビュラプレートからはY neuron(Y)がメダラとロビュラに投射している。他にもメダラとロビュラプレートの間に細胞体をもつT-cell(T5)がロビュラとロビュラプレートを接続している。このT5cellの情報の流れはロビュラからロビュラプレートの方向のようである。またlobula-complex columner neuron(Lccn1,2)がロビュラに投射している。HS(Horizontal systems)および、VS(vertical systems)neuronは電気生理学的によく調べられている投射型ニューロンでoptmotor pathwayの一部を構成している。

ロビュラ

ロビュラにはそれぞれメダラからTransmedullary neuron(Tm1-26)とTransmedullary Y neuron(TmY1-12)が、ロビュラプレートからはY neuron(Y)とT-cell(T5a-d)内在性のニューロンとしてはlobula intrinsic neuron (Li)が知られている。投射型のものとしてはlobula columnar neuron (Lcn6-8)が脳の中枢に投射している。また、lobula-complex columner neuron(Lccn1,2)はロビュラとロビュラプレートに分枝をもち、脳の中枢(protocerebrum)へ投射している。
ロビュラからはキノコ体にも投射しているとの報告もある(Heisenberg,1998, 2003)。

神経伝達物質

視細胞(R1-6,8)からラミナ単極性ニューロンへの伝達物質はヒスタミンであり、ラミナ単極性ニューロンのCl-チャネルに作用する。ただし、視細胞のうちR7はGABA作動性である可能性が高い。ラミナ単極性ニューロンではグルタミン酸やアセチルコリンのシナプス小胞が存在することが分かっているが、そのどちらを伝達物質としてもちいているかについてはまだ議論がある(Kolodziejczyk et al., 2008)。Lamina tangential neuronはセロトニン作動性の可能性がある。C2,C3細胞のもつ伝達物質はGABAの可能性がある。
マルハナバチのメダラでは免疫染色の結果より、GABA、ヒスタミン、セロトニンが伝達物質として使われている可能性が高い。ショウジョウバエでは触角葉からオクトパミン作動性ニューロンがメダラ、ロビュラ、ロビュラプレートに投射しているとの報告がある(Sinakevitch and Starusfeld, 2006)。ラミナ、メダラ、ロビュラに投射する遠心性のニューロンにはオクトパミンとFMRFamide やSCPBをもつものも報告されている(Homberg and Hildebrand, 1989.)。他にもドーパミンやNOが伝達物質もしくは神経修飾物質として報告されている(Nassel, 1991; Settembrini et al., 2007)。


参考文献

水波誠 昆虫-驚異の微小脳 中公新書(2006年)

Fischbach KF, Dittrich APM. (1989) The optic lobe of Drosophila melanogaster. I. A Golgi analysis of wild-type straucture. Cell Tissue Res. 258:441-475.

Heisenberg M. (1998) What do the mushroom bodies do for the insect brain? an introduction. Learn Mem.5:1-10.
Heisenberg M. (2003) Mushroom body memoir: from maps to models. Nat Rev Neurosci. 4(4):266-75.

Kolodziejczyk A, Sun X, Meinertzhagen IA, Nässel DR. (2008) Glutamate, GABA and acetylcholine signaling components in the lamina of the Drosophila visual system. PLoS One. 7;3(5):e2110.

Takemura SY, Lu Z, Meinertzhagen IA. (2008) Synaptic circuits of the Drosophila optic lobe: the input terminals to the medulla. J Comp Neurol. 509(5):493-513.

Sinakevitch I, Strausfeld NJ. (2006) Comparison of octopamine-like immunoreactivity in the brains of the fruit fly and blow fly. J Comp Neurol. 494(3):460-75.

Homberg U, Hildebrand JG. (1989) Serotonin immunoreactivity in the optic lobes of the sphinx moth Manduca sexta and colocalization with FMRFamide and SCPB immunoreactivity. J Comp Neurol. 8;288(2):243-53.

Nassel DR. (1991) Neurotransmitters and neuromodulators in the insect visual system. Prog Neurobiol. 37(3):179-254.

Settembrini BP, Coronel MF, Nowicki S, Nighorn AJ, Villar MJ. (2007) Distribution and characterization of nitric oxide synthase in the nervous system of Triatoma infestans (Insecta: Heteroptera). Cell Tissue Res. 328(2):421-30.