触角葉から前大脳へのフェロモン情報経路

カイコガではフェロモンの主成分と副成分の情報は、大糸球体サブコンパートメントにおいて空間的に分離され保存されていた。各サブコンパートメントに入力をもつそれぞれの投射神経は、内側触角脳経路(IACT)を通り、前大脳のキノコ体傘部と前大脳側部へ投射する。一方、キュムラス-トロイド投射神経は中側触角脳経路(MACT)または外側触角脳経路(OACT)という別経路を通り前大脳側部のみに投射する(図6−9)24,26)。フェロモン受容細胞はフェロモン成分に高い特異性を示したが、大糸球体からはこの特異性を保ちながらさらに二次中枢にフェロモン情報を伝達する経路(IACT)と、キュムラス-トロイド投射神経のように両成分いずれにも応答する経路(MACT 、OACT)がある。前者の経路はフェロモンの構成成分の情報を、後者はフェロモン成分を区別せず、そのあるなしの情報を上位中枢に伝達することになる。

大糸球体投射神経は、前大脳のキノコ体傘部または前大脳側部に投射部位をもつが、それぞれの投射神経のタイプごとの投射先についてはこれまで不明であり、特に特徴的な構造がみられない前大脳側部においては投射領域を詳細に解析することはほとんど不可能であった。われわれは、神経間の情報伝達因子として機能することが昆虫脳でも報告されている一酸化窒素(NO)の標的細胞を、cGMP抗体染色により特定する研究を進めるなか、驚くべきことにフェロモン主成分の処理領域であるトロイドに入力をもつ投射神経がcGMP抗体染色により選択的にマーキングされることを見出した(図8)26)。この幸運な発見により、前大脳側部におけるトロイド投射神経の投射領域をはじめて同定することができたのである(図8)

この領域は、前大脳側部において特徴的な三角形の領域を形成することから前大脳側部デルタ領域(ΔILPC;デルタ領域)と命名した。そこで、cGMP抗体染色と大糸球体サブコンパートメントからの投射神経または常糸球体からの投射神経を同一標本において二重染色し、デルタ領域と単一投射神経の投射領域を比較することによって、大糸球体投射神経および常糸球体投射神経の前大脳における投射領域を完全に同定することに成功したのである(図8、9)。デルタ領域は、フェロモンの主成分と副成分の情報が伝達される側方部と、主成分情報のみが伝達される内側部に二分されること、さらに一般臭の情報はデルタ領域とはまったく異なる側角といわれる領域に伝達されることを明らかにした(図8、9)

また、投射神経のもうひとつの投射領域であるキノコ体についても、フェロモン主成分の情報を伝達する投射神経はその内部にほとんど投射しないのに対して、一般臭やフェロモン副成分の情報を伝達する投射神経は、キノコ体傘部の広領域に投射することが示された(図8−10) 26)。カイコガではフェロモン主成分であるボンビコールのみで、配偶行動が完全に解発されることから、キノコ体よりも前大脳側部のデルタ領域がその情報処理に重要であると考えられる。これらの一連の研究によって、カイコガのフェロモン情報処理系に関しては、嗅覚受容体レベルから触角葉の大糸球体を経て前大脳にいたる全経路について、フェロモン情報の主成分、副成分それぞれで詳細が判明したのである(図9)
脳内のフェロモン情報経路
戻る
Seki Y, Aonuma H and Kanzaki R (2005) Pheromone processing center in the protocerebrum of Bombyx mori revealed by Nitric Oxide-induced anti-cGMP immunocytochemistry. J Comp Neurol 481:340-351
戻る
戻る