匂い源探索行動を解発する神経回路・機構

LAL-VPC Neural Network

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フェロモンを含む匂いの情報は嗅覚受容細胞(olfactory receptor neuron: ORN)から触角葉(Antennal lobe: AL)を介して前大脳(protocerebrum: PC)へと伝達し処理される。より詳細にいうと、フェロモンと一般臭ではそれぞれの匂いを受容するORNからALへの投射領域、さらにはALからPCへの伝達経路および投射領域には違いがあるが(脳内のフェロモン情報経路の項参照)、匂い源を探索する行動戦略は共通している。このことはフェロモンと一般臭とで最終的に匂い探索行動パターン生成を指令する神経回路(前運動中枢)が共通していることを意味している。嗅覚受容細胞から前運動中枢に至る経路の違いは、一般臭では複雑な匂い識別や記憶などの過程を介して前運動中枢に情報が伝達されるのに対し、フェロモンでは複雑な匂い識別を必要としないことと、記憶に関連するキノコ体をバイパスして(全てがそうか?)前運動中枢に伝達されるという違いを反映しているためと考えられる。

昆虫の神経節は、頭部、胸部、そして腹部に分散して存在し、胸部神経節には歩行や飛行パターンを作るすべての神経回路が含まれている。歩行や羽ばたきの開始や終了、左右へのターンや回転などの指令する信号は前運動中枢(脳内に存在する)から胸部神経節以下の神経節に下降性介在神経(複数ある)によって伝えられる。(図?)

これらの下降性介在神経は、側副葉(lateral accessory lobe: LAL)と呼ばれる脳内の領域で(シナプス)入力を受け取ることが知られている。LALは脳内に左右一対存在する100μm程度の大きさのラグビーボール状の神経叢(しんけいそう:神経線維の集合体)である。また、いくつかの下降性介在神経はLAL下???に位置する前大脳腹部(ventral protocerebrum: VPC, これも左右一対存在する)にも樹状突起を伸ばしており、LALVPCは一つの機能的ユニット(LAL-VPC unit)を形成している(Kanzaki et al., 1994; Mishima and Kanzaki, 1999; Iwano et al., 2010)両側のLAL-VPC unitsbilateral neuron(和名が不明)によって接続しており、双方向に信号をやり取りしており、このLAL-VPC unitsが脳内の前運動中枢と考えられている。このbilateral neuronの多くは抑制性の神経細胞であり、両側のLAL-VPC unitsを相互に抑制している。

一つのLAL-VPC unitはその神経線維の塊り方によって、さらに五つの領域に分けることが可能であり、それぞれlower LALlLAL)、upper LALuLAL)、outer VPCoVPC)、inner VPCiVPC)、anterior inner VPCaVPC)と呼ばれている。この五領域内(・間)では複雑ではあるが、ある決まった様式で神経細胞により相互に情報をやり取りしている(図?岩野さんの論文のFig 9)(Iwano et al., 2010)。しかし、個々の神経細胞の詳細な結合についてはまだ不明なところがある。

では、このLAL-VPCでどのようにして匂い源探索行動の指令情報が生成されるのだろうか?

上記したように、オスのカイコガはメスの放出する性フェロモンのフィラメントに遭遇するとまず直進し、フィラメントがなくなると小さいターンから次第に大きくなるジグザグターンを繰り返して回転するという行動パターンを示す。この行動パターンの指令情報はLAL-VPC unitsに樹状突起を伸ばしている下降性介在神経により、胸部神経節に伝達される。これら下降性介在神経にはフェロモン刺激に対し、一過性の興奮応答を示すものとフリップフロップ応答−フリップフロップ応答とはフェロモン刺激に対し、神経細胞の状態依存的に興奮しているときにはそれを抑制し、逆もしかりな性質をもった応答で、電子回路の記憶素子であるフリップ・フロップに対応するもの−を示すものがあり、それぞれフェロモン刺激時の直進歩行とジグザグターン・回転歩行の指令情報であると考えられている。このフリップフロップ応答はLAL-VPC units内で生成されると考えられている。

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