カイコガの触角
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昆虫は頭部に一対の触角をもつ。触角は嗅覚、味覚、機械感覚、温度感覚、湿度感覚といった多様な感覚刺激を受容する機能をもつ。触角の形状と大きさはそれぞれの種の生活様式によく適応しており、種によってまたは性によってさまざまである。たとえば、カイコガの触角は櫛形であり(図2A)、オスの触角はメスより大きい。これはオスのカイコガが環境中の低濃度の性フェロモンを手掛かりとしてメスを探し出すために、性フェロモンを高感度に検出するように適応した結果であると考えられる。実際に、オスの触角にフェロモンを含む空気を吹き付けると、27%という高い効率でフェロモン分子が触角上に吸着することが報告されている(Kaissling, 1987)。

上記のような感覚受容のために触角上には感覚子と呼ばれる微小な感覚器官が多数ある(図1B,2)。感覚子はクチクラ装置とその中にある受容細胞、さらに受容細胞を囲む3層の支持細胞で構成される(図1C)。環境の刺激はクチクラ装置を介して受容細胞へ伝えられる。受容細胞は、刺激の受容部位である樹状突起外節を感覚子内部へ、軸索を脳へ伸ばす双極性の神経細胞である。感覚刺激は受容細胞で電気信号へ変換され、軸索を通じて脳へと伝達される。

感覚子は外部形態からいくつかのタイプに分類され、形態の特徴から受容する感覚を推定することができる。たとえば嗅覚受容に機能する嗅感覚子のクチクラ装置には、匂い分子が感覚子内に入るための微小な穴(嗅孔)が多数あいているという特徴がある。カイコガの触角には形態的に異なる5つのタイプの感覚子が確認されている。このうち毛状感覚子 (sensilla trichodea)、錘状感覚子(sensilla basiconica)、窩状感覚子(sensilla coeloconica)と呼ばれる感覚子が嗅覚受容器であり(Kaissling et al., 1978; Pophof, 1997)、剛毛状感覚子(sensilla chaetica)が味覚(機械感覚)(Steinbrecht, 1988)、???感覚子(sensilla syloconica)が温度・湿度感覚の受容器であると考えられている(Steinbrecht, 1989)。カイコガの触角上の感覚子の大部分は嗅感覚子で、オス触角では特に嗅感覚子のうち70%以上がフェロモン受容に特化した毛状感覚子である。オスの毛状感覚子には一対の受容細胞があり、それぞれボンビコールとボンビカールに高感度かつ特異的に反応を示す(Kaissling et al., 1978)。一方で、メスの毛状感覚子にも一対の受容細胞があるが、これらはそれぞれ植物の匂いであるリナロールと安息香酸に反応することが報告されている(Heinbockel and Kaissling, 1996)。錘状感覚子(論文内でper.communicationで文章では書かれているがこれ自体の論文はない)と窩状感覚子(Pophof,1997)は植物由来の匂いに反応することが報告されており、応答性に明確な雌雄差はない。

      

図1.カイコガ触角と感覚子の構造 (A)オスカイコガの正面写真。(B)雄カイコガ触角の走査型電顕写真。触角上に多数の感覚子があることがわかる。スケールバー:25 m (C)感覚子の構造の模式図。この図ではフェロモン感受性の毛状感覚子を例として模式図をあげてある。


            

図2.雄カイコガ触角の毛状感覚子の走査型電子顕微鏡写真
カイコガ(Bombyx mori)では、オスの毛状感覚子が性フェロモンの特異的な受容器である。カイコガの性フェロモンは主成分であるボンビコール(bombykol) [(E,Z)-10,12-hexadecadien-1-ol]と副成分であるボンビカール(bombykal) [(E,Z)-10,12-hexadecadien-1-al]から構成されている。カイコガオスはボンビコールのみで完全な配偶行動が解発される。一方ボンビカールはボンビコールによるオスの羽ばたき行動を抑制する。カイコガオスの毛状感覚子には、ボンビコールとボンビカールに高感度かつ特異的に電気的応答を示すフェロモン受容細胞が対になって入っており、これらの細胞はわずか1分子のフェロモンに対し興奮するといわれるが、他の化合物へはほとんど応答を示さない。



参考文献

Pophof, B. Olfactory responses recorded from sensilla coeloconica of the silkmoth Bombyx mori. Physiolosical Entomology, 22, 239-248 (1997).

Hunger, T. and Steinbrecht, RA. Functional morphology of a double-walled multiporous olfactory sensillum: the sensillum coeloconicum of Bombyx mori (Insecta, Lepidoptera). Tissue & Cell, 30, 14-29 (1998).

Steinbrecht, RA. An anomalous sensillum chaeticum with a double set of cilia and outer dendritic segments in Bombyx mori L. (Lepidoptera: Bombyxcidae). Int. J. Morphol. Embryol., 17, 83-87 (1988).

Steinbrecht, RA. The fine structure of thermo-/hygrosensitive sensilla in the silkmoth Bombyx mori: Receptor membrane substrate and sensory cell contacts. Cell Tissue Res. 255: 49-57 (1989).

Kaissling, K.-E. R. H. Wright Lectures on Insect Olfaction, ed. Colbow, K. (Simon Fraser Univ., Burnaby, 1987).

Kaissling, K.-E, Kasang, G., Bestmann, H.J., Stransky, W. and Vostrowsky, O. A new pheromone of the silkworm moth Bombyx mori: sensory pathway and behavioral effect. Naturwissenschaften 65, 382-384.

Heinbockel, T. and Kaissling, K.-E. Variability of olfactory receptor neuron responses of female silkmoths (Bombyx mori L.) to benzoic acid and (±)-linalool. J. Insect Physiol. 42, 565-578.

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