行動制御 Behavior Control by Genetic Manpulation

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昆虫の行動発現を人為的に制御し、管理する技術は、害虫の防除・駆除、有益昆虫のさらなる効率的利用など、昆虫の新しい利用法としてきわめて重要である。これまでに、生理学的手法などの生物学的な分析手法とモデル化・シミュレーション・ロボットへの統合といった構成論的手法を融合させることで、カイコガのフェロモン源定位行動発現や行動の調節に関わる神経ネットワークの機能が明らかにされつつある。この成果を利用したアウトプットとして、行動発現に関与する神経ネットワークを構成する個々の神経細胞を遺伝子組換え技術により機能改変・機能付加することで、昆虫の行動を制御する基盤技術の創出を進めている。


         

図 行動発現に関与する感覚受容細胞や神経ネットワークを構成する個々の神経細胞を遺伝子組換え技術により機能改変・機能付加することで、昆虫の行動を制御する基盤技術が創出される.


カイコガでは,トランスポゾンの一種であるpiggyBacを利用したトランスジェニック体の作出法(Tamura et al., 2000; Tamura et al., 2006)や酵母転写因子GAL4を利用したGAL4-UAS遺伝子発現調節システム(Imamura et al., 2003)が確立されている。また、カイコゲノムプロジェクトが2008年に完了しており(International Silkworm Genome Consortium, 2008)、ゲノム情報を利用して特定の神経細胞へ遺伝子を導入するための状況が整ってきている。

われわれはこれまでに、2種類の神経ペプチドホルモンのプロモーター配列の下流にGAL4をもつトランスジェニック系統をそれぞれ作出した。これらの系統とUAS-GFP系統の交配で得られた次世代個体では神経ペプチド分泌細胞で特異的にGFP蛍光が観察された(Yamagata et al., 2008 図3)ことから、遺伝子プロモーターを利用してカイコガ脳の特定の神経細胞で遺伝子発現を行うためにGAL4-UASシステムが有用であることをわかった(図3)。この結果に基づき、現在GAL4-UASシステムを用いて、機能改変のターゲットとして、ボンビコールと神経細胞の反応が最も明確に対応する感覚受容細胞を対象として研究を進めている。フェロモン主成分であるボンビコールの受容体遺伝子BmOR1(嗅覚受容の項を参照)プロモーター領域下でGAL4する系統を作出し、BmOR1発現細胞において嗅覚受容体を導入することで応答特性を改変し、雄カイコガのもつフェロモンセンサ能力およびフェロモン源探知能力を利用した匂いセンサの構築を進めている(図4)。また、将来的には、感覚受容レベルに加え、中枢レベルやコマンドラインレベルにおける機能改変を目指しており、このために脳内の神経細胞の活動を人為的に制御するためのツールとして、緑藻由来の光感受性イオンチャネルであるチャネルロドプシン2 (ChR2) (Nagel et al., 2003) をGAL4存在下で発現するUAS系統の作出も進めている。


             

図 GAL4-UASシステムを利用した神経ペプチドのプロモーターを利用した神経分泌細胞における蛍光タンパク質(GFP)の特異的発現。Bombyxin-GAL4/UAS-GFP (A)とPTTH-GAL4/UAS-GFP (B)の幼虫脳(左)と成虫脳(右)の蛍光写真。GFPの発現がbombyxin分泌細胞(A)とPTTH分泌細胞で特異的に誘導されていることがわかる。D: dorsal, V: ventral, A: anterior, P: posterior. スケールバー:200um.



              

                    図 匂いセンサカイコガの概念図


参考文献


Tamura T, Thibert C, Royer C, Kanda T, Abraham E, Kamba M, Komoto N, Thomas JL, Mauchamp B, Chavancy G, Shirk P, Fraser M, Prudhomme JC, Couble P.: Germline transformation of the silkworm Bombyx mori L. using a piggyBac transposon-derived vector, Nat. Biotechnol. 18, 81-84 (2000).

Imamura M, Nakai J, Inoue S, Quan GX, Kanda T, Tamura T.: Targeted gene expression using the GAL4/UAS system in the silkworm Bombyx mori, Genetics, Vol. 165 (2003) pp. 1329–1340.

Tamura, T., Kuwabara, N., Uchino, K., Kobayashi, I., & Kanda, T. An improved DNA injection method for silkworm eggs drastically increases the efficiency of producing transgenic silkworms. J. Insect Biotechnol. Sericol, 76, 155-159 (2007).

Imamura M, Nakai J, Inoue S, Quan GX, Kanda T, Tamura T.: Targeted gene expression using the GAL4/UAS system in the silkworm Bombyx mori, Genetics 165, 1329-1340 (2003).

International Silkworm Consortium. The genome of a lepidopteran model insect, the silkworm Bombyx mori. Insect Biochem. Mol. Biol. 38, 1036-1045 (2008).

Yamagata, T., Sakurai, T., Uchino, K., Sezutsu, H., Tamura, T. and Kanzaki, R. GFP labeling of neurosecretory cells with the GAL4/UAS system in the silkmoth brain enables selective intracellular staining of neurons. Zool. Sci. 25, 509-516 (2008).

Nagel, G., Szellas, T., Huhn, W., Kateriya, S., Adeishvili, N., Berthold, P., Ollig, D., Hegemann, P. and Bamberg, E. Channelrhodopsin-2, a directly light-gated cation-selective membrane channel. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 13940-13945 (2003).


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