昆虫は小さなサイズでありながらも,6本の脚でたくみに歩行し,垂直の壁をなんなくよじ登ります.突風が来ても墜落しないでアクロバット飛行を続け,飛びながら突然現れた障害物を避け,飛んでいる昆虫を捕獲したりします.また,遠く数キロも離れた仲間を匂いをたよりに探し出すこともできます.このような能力は私たちには思いもよらない不思議なものです.小さな昆虫のからだのどこにこのような能力が秘められているのでしょうか.昆虫は環境の情報を検知する優れたセンサである感覚器,超小型の情報処理装置である脳,そして身体を進化させたのです.昆虫の持つこのような能力は「昆虫パワー」といわれ,今大きな注目を集めています.このような能力を持つ昆虫の設計は,私たち哺乳動物や,複雑化するロボットをはじめとする機械の設計とはまさに対照的です.
「昆虫パワー」に関しては,最近関連の書籍が出版されるようになってきましたし,科学技術振興機構のサイエンスチャンネルでも特集番組が組まれています.また,朝日新聞(2007年2月6日)の社説でも著者らの研究を例に,イノベーション創出の鍵になるという論評が示され,社会的にもその重要性が認識されてきたと思います.なかでも,かしこいロボットや生物のように振舞うことのできるロボットを設計するうえで,昆虫パワーを生み出すセンサや脳のしくみがおおいに注目されているのです.昆虫のセンサや脳のはたらき,さらにその身体の構造には学ぶべきことがたくさん含まれているのです.昆虫パワーを生かした科学技術は,日本が世界の科学技術をリードするうえで重要な課題になっています.
ファーブル昆虫記の最終巻が出版されてちょうど100年が過ぎました.今,昆虫のもつ不思議な能力の理解が,生物学,情報学,工学そして数理科学をあわせた研究により飛躍的に進み,昆虫パワーを再現し,さらにはそれ以上の能力を昆虫のしくみから探り出し,それをロボットとして実現する研究が,大きく動き出しているのです.