戻る サバクアリの視覚ナビゲーション
ハチやアリなどの社会性昆虫はごく小さな脳しかもっていないが,おそろしく困難なナビゲーションの仕事を成し遂げている.サバクアリのさまざまなナビゲーション行動はそのよい例である.サバクアリは北アフリカの塩田,砂漠環境がもたらす高温と乾燥により死んだ昆虫を捜し回るため,1年のうちの,そして1日のうちの最も暑い時期に地下の巣を離れる.この際,アリは餌を探して曲がりくねった道のりを100m以上も巣穴から離れることもあるが,その後まっすぐ巣へ戻る.アリは自分が曲がった角度,歩いた距離をすべて記録すると同時に,その経路を積算し自分が巣からどの方向にどのくらい離れているかを知っている.つまりはベクトルナビゲーションを行っているわけである.このベクトルを計算するために,アリは方向(コンパス)と距離についての情報を得なければならない.さらに,サバクアリは半砂漠環境において低木や草の茂みなどランドマークが存在すると,ナビゲーションのためにランドマークを利用する.これまでに,神経生物科学的解析と行動学的解析により,アリのコンパスやランドマーク利用について解明されてきた.そしてその結果をもとにして自律的エージェント(autonomous agent, Sahabot, Sahabot2)が開発されてきている.

サバクアリは航海者がするように磁気コンパスを使用することはなく,その代わり空における太陽の方位,および偏光の勾配を利用した天空コンパスを使用している.偏光コンパスはアリの天空を利用したナビゲーションのうちで,もっとも重要な方法である.ミツバチやアリは空の偏光パターン(e-ベクトル・パターン)から,たとえば空が曇っていてその一部しか使えなくとも,コンパスのある点,たとえば太陽の方位から左へ30°などを推定できる.つまりe-ベクトル・パターンをコンパスとして使用している.このパターンは太陽の動きと共に変化するので,これを物理的に表現しようとすると驚くほど困難な仕事になる.詳細な行動実験により,サバクアリはe-ベクトル・パターンの全体的構造だけを利用していることが明らかになってきた.この知見をもとに得られたコンパスシステムはハードウェア,つまり自律的エージェント(Sahabot)で実行されている.また,サバクアリの行う低木や草の茂みなどランドマークを使用したナビゲーションの神経生物科学的解析と行動学的解析から,サバクアリはゴール,すなわち巣穴の周りのランドマーク風景を記憶し,あとで現在の網膜像とマッチングすることが明らかになった.この知見からは自律的エージェント・ロボット(Sahabot2)が製作されており,このロボットは高い精度で帰巣することができる.

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