戻る ハエにヒントを得た視覚誘導飛行ロボット
昆虫を含む節足動物の神経システムにヒントを得たロボット研究が多く行われている.たとえば昆虫も人間も複雑な環境内で自律的に動き回ることのできる「移動体(ビークル)」とみなすことが可能である.昆虫はロボティクが取り扱う困難な課題の一つである,視覚誘導に基づく移動機能などの問題に対する解を明瞭に示している.昆虫は非常に幅広い行動レパートリーをもっており,優れたセンサーと限られたリソースを活用して予測のできない環境に対してどのように対応するかを我々に示す.特にハエやトンボなどの空中を飛ぶ昆虫は脊椎動物や現代の移動ロボットをはるかに超えるレベルの敏捷性を備えている.昆虫の感覚−運動制御システムはまさに傑作といえる.ここではハエにヒントを得た視覚誘導飛行ロボットについて説明する.

1991年にFranceschiniたちは平面状の複眼とハエからヒントを得た運動検出単位(elementary motion detector; EMD)アレイを備えたオプティックフロー(OF)を検知する完全自律移動ロボットを実現した.このロボット「ハエ号」はリング状に配置された個眼を通し外界を観ており,任意の隣接する2個の個眼がEMDを駆動し,全体で114個あるEMDが方位角面内のOFを解析する.ハエ号の複眼にはある規則に従って増える解像度勾配があたえてあり,このような解像度勾配を眼の解剖学的構造に組み込むことにより、ロボットが並進運動したときにロボットの視覚円(隣り合う個眼がある一定の距離だけ離れた地点を見込む距離)に入ってくる物体のコントラストを確実に検出できるようにしている.ハエ号は脳のように並列かつアナログ信号処理により動作する.このロボットは静止した物体をぬって移動することができる.

同様の運動検出原理を飛行エージェントの誘導に使い,起伏の多い地形にそって飛行したり,着陸したりできるのがハエにヒントを得た視覚誘導飛行ロボットである.このロボットは対地速度と地表高度の情報なしに地形に追従して移動可能である.この一つの可変ピッチローターをもつ半拘束ミニチュアヘリコプターFANIA
はわずか19個のEMDを搭載した眼をもっており,この眼からの信号により地面を回避する.円形アリーナで行った試験ではコントラストのある障害物を飛び越える挙動を示した.

Franceschinたちはさらに,飛行する生物が感知するOFを形式化しオプティックフローレギュレータと呼ばれる自動パイロットを作製した.この自動パイロットを備えたミニチュアヘリコプターOCTAVEは円形アリーナでの試験でさまざまな地形に沿った飛行や離陸,着陸をなめらかに行うことができる.また,風による外乱にも昆虫とほぼ同じやり方で妥当な応答を示す.

ハエにヒントを得たこの自動パイロットは人が設計した従来型の自動操縦とは大きく異なる.すなわち,従来型自動操縦では航空機を一定の高さと一定の速度を保つために,多数の高価で大きな測定センサーを必要とするのに対し,OCTAVEは地表からの高さに常時適応して地面に衝突しないようにするだけである.

飛翔中のハエの網膜はマイクロスキャニングを惹き起こしている.網膜全体が約5Hzで数μmnの往復運動をしているのである.マイクロスキャニングは運動検出と関連した機能をもつとの仮説のもとFranceschinたちは回転運動によるOFのみを活用して視覚機能を発揮する二つのロボット作製した(SCANIAとOSCAR).SCANIAは分解能の低い眼しか持っていないが,それ自身の視覚により,矩形領域内の壁面を避けながら移動することができる.OSCARおよびOSCARを実装したOSCARロボットは実験室の天井からつるされた2個のプロペラをもつ,自由に首を左右に振ることのできるロボットで,マイクロスキャニング機能を備えたことで,近くにある棒などのターゲットに視線を固定できる.このロボットはターゲットを最高30°の速度で追尾することができる.さらに吊り紐による振り子運動や床の振動,突風など外乱を受けても注視が可能である.この機能は現実のヘリコプターで非常に重要な送電線の検出をレーダーやレーザ―に頼らずに可能にする非常に魅力的な機能である.

これまで概説してきたバイオロボットを用いたアプローチは新規デバイスや機械,とくにマイクロビークル搭載させる安価な感覚運動制御システムを設計することを可能にするのみならず,神経行動学や神経生理学に対し,有用な情報をフィードバックするものである.
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