戻る 昆虫の翅の柔軟なロボット関節への応用
硬い外骨格をもつ昆虫は,同様に硬く剛直な材料によって構成されるロボットと非常に似て見える.しかし,昆虫の運動器官を詳しく調べると,そこにはロボットとは決定的な違いがあることが分かる.生きている組織と生命をもたない材質との明らかな違いについては置いておくとして,純粋に機構が大きく異なっているのである.硬いアームの運動を完全に制御可能にするために,現在の産業用ロボットは硬いモーターによって駆動されている.対照的に昆虫を含むすべての動物の筋肉は役割に応じた程度の差こそあれ,基本的に柔軟性をもっている.ロボットのような硬いモーターをもつことは生物学的に不可能であったとしても,筋肉と直列につながり純粋に弾性機能をもたらす独特の材料を昆虫が進化させてきており,明らかにその弾性をうまく活用している事実は興味深い.この材料はレジリンと呼ばれるゴムのようなタンパク質でバッタやトンボの翅のちょうつがいにおいて発見され,のちに昆虫の翅のメカニズムのほぼすべてにあることが明らかになっている.レジリンは昆虫の飛行運動中に弾性エネルギーを蓄積する機能を果たしており,翅の素早くリズミカルな上下運動をより容易なものにしている.すべての筋肉が弾性を有していることも重要であるが,昆虫においてはレジリンの独特の機能により運動システムが柔軟性をもつことは重要である.柔軟性による利益を示す生物学的例は主として飛行や跳躍等の移動におけるエネルギー貯蔵の面にあてはまるが,一方ですべての筋肉はいくらかの弾性を有しており,その結果,生物における運動はすべて必ずある程度の直列弾性要素を利用して行われる.しかしながら従来のロボット工学においては弾性は厳しく避けられてきた.なぜなら弾性は振動を引き起こし,振動は制御が難しいため,位置決め精度を著しく著しく損なうからである.対照的に動物は明らかに何の困難もなく運動を正確に制御しつつ,同時に振動を避けている.それどころか弾性による振動を巧みに利用してきわめて速い運動に柔軟性を用いることができる.それゆえ多関節マニピュレータが駆動装置に直列弾性要素を有しているとき,それを適切に制御できるかという問いをたてることは重要である.

近年,ロボット工学において柔軟性を利用するためのさまざまなコンセプトが提唱されてきたが,それらにはジョイントの駆動に直列弾性を有するマニピュレータのモデルも提唱されており,このモデルは昆虫の翅で見つかったレジリンの機能と完全に等価である実物の引っ張りバネを用いている以外については従来型のジョイントを用いたマニピュレータである.このモデルは従来型の硬いロボットに対して優位性をもっている.弾性駆動は精密な位置制御に対して起こる困難を上回る確かな利点を有している.弾性駆動ロボットはとりわけ位置寛容性がある.すなわち,外的な妨害があるとき無理にアームの位置が強制されないため,アームが障害物に衝突しても即座に止まることができる.さらに衝突はアームのセンサーにより検出可能であり,反応のために適切なモーター指令を開始するに十分な時間的余裕がある.弾性システムは衝突の場合硬いシステムよりはるかに危険がすくなく人間とのインタラクションにもちいるのに望ましい性質を持つ.また柔軟なアームは対象物にたいしてなめらかに動くこともできる.柔軟性はとくに組み立てタスクに対して望ましい特性であり,柔軟なアームは,正確な位置決めを容易にするための溝や円錐形の穴などのガイド構造を有効に活用することができる.このようなマニピュレーションには人間の腕の動き方とのアナロジーが存在する.直列弾性はロボットのアーム操作に利点をもたらすだけでなく,機構構成にも利点をもたらす.硬いシステムと弾性アームの一番の違いは,重い荷重などの外部から作用する力が弾性アームの幾何形状を変えることができるという点である.硬いシステムでは外力が幾何形状を変更できないため,アーム構造の質量を大きくしなければならない.それゆえ重い荷重を操作する際にもアームを軽量化することができる.このことは機構設計に対する利点に加えて,安全性を大きく高めるものでもある.もう一つの違いは直列弾性によりギアやモーターへ逆向きに伝えられる柔軟さも実現できる点である.弾性は駆動系に対し衝撃を与えかねない力に対してフィルタになる.このことにより,硬いシステムほどにはモーターとギアをロバストなものにする必要がなくなり,小型化できる.
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