戻る 単眼による飛行安定装置
単眼の構造と機能
人工物と比較した際の昆虫の特徴の一つに素早い飛行能力がある.ハエやトンボなどの機敏なアクロバット飛行をまねることは,現代航空工学の最先端技術をもってしてもまだ不可能である.昆虫はその飛行制御においてさまざまな感覚器官を利用しているが,その中に単眼がある.昆虫の頭には,大きな左右の複眼の間に3個の単眼がある.単眼のうち一つは正面を向き,残りの二つは左右やや前方を向いている.単眼のレンズは光受容細胞層のはるか後方に焦点を結ぶため,光受容細胞層にはピンボケした像しか写らないが,広い視野からの光が入射するため,光受容細胞の集光効率は高い.単眼には数千個の光縦よいう細胞がぎっしり詰まっているが,その信号はたかだか数十個の2次ニューロンに収斂する.このような設計により,単眼は像の知覚には向かないが,わずかな明暗の変化を察知するには適している.単眼は解像力を犠牲にし,明暗変化の感度を極限まであげた設計をしている.また単眼の2次ニューロンのいくつかは軸索が非常に太く,また胸部神経節に直接投射しているため,その明暗変化の情報を非常に短い時間で胸部神経節の飛翔運動回路に伝えることができる.

昆虫が安定してまっすぐ飛行するためにはロール軸,ピッチ軸,よー軸の三つの軸方向での飛行姿勢の乱れを検知し体勢を制御する必要がある.昆虫がまっすぐ飛行している際には,単眼は水平を向く.そのため,視野の上半分は空からの光で明るく,下半分は暗くなる.この視野の明暗の差を検知することで飛行姿勢を制御している.たとえば,左にロール回転すると,中央の単眼の明るさは変化ないが,左の単眼は暗くなり,右は明るくなる.そこで左右の単眼に当たる光の量をほぼ同じにするよう翅の羽ばたきを制御することで体を水平に保つ.体をピッチ軸に対し下向きに突っ込んだ姿勢になると,三つの単眼が同時に暗くなるため,三つの単眼に当たる光が水平時と同じになるよう姿勢を制御することで体を水平に保つ.このように自然光のもとでは三つの単眼で明るさをモニターすることで水平飛行を可能にすることができる.
昆虫の飛行時の姿勢制御は単眼だけで行われているわけではない.複眼,頭部の風感覚毛,触角の動きを感じる機械受容器なども重要な役割を担っている.複眼はその込み入った情報処理のため(視葉の項参照),素早い姿勢制御には向かないが,ロール,ピッチ,ヨー軸のいずれの方向の姿勢の乱れも検出できる.風感覚毛は精緻な姿勢制御の検知には不向きだが,ヨー軸とピッチ軸方向の姿勢の乱れを大まかに補正するのに機能している.そこで,突風などにより姿勢が乱れたときには,まず単眼や風感覚毛からの情報により大まかに姿勢を立て直し,その後複眼からの情報により精密な姿勢制御を行う.脳から胸部神経節に下降するニューロンの中には各感覚器からの情報を統合し,胸部神経節の姿勢制御回路の働きを制御するニューロン群が存在する.このようにして各感覚器の特性を生かした精緻な運動制御が実現されている.

単眼機能の応用
単眼の姿勢制御の仕組みを模倣した,3個の光センサーを備えた飛行安定装置が「Flight stabilizer」という名前で工業製品として売れ出され,ラジコン飛行機などに活用されている.この装置により,ラジコン飛行機はきりもみ落下などのような異常な落下の際に姿勢を立て直すのに機能する.
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