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クロオオアリの触角葉 Antennal Lobe

西川道子(福岡大学)

クロオオアリ脳内ニューロパイルの3次元構築像(Nishikawa et al., 2008より改変) 左から働きアリ、雌アリ、雄アリの脳。AL, antennal lobe(触角葉); CC, central complex(中心複合体); DL, dorsal lobe(背側葉); la, lamina(視葉板); lc, lateral calyx(外側傘部); ld, lower division(中心体下部); lo, lobula(視小葉); LP, lateral protocerebrum(前大脳側葉); MB, mushroom body(キノコ体); mc, medial calyx(内側傘部); me, medulla(視髄); ml, medial lobe(内側葉); OL, optic lobe(視葉); pe, peduncle(柄部); SEG, subesophageal ganglion(食道下神経節); ud, upper division(中心体上部); vl, vertical lobe(垂直葉)


1. クロオオアリ触角葉の構造と機能

昆虫脳における触角葉は嗅覚の一次中枢であり、嗅受容細胞の軸索と触角葉二次ニューロンとがシナプス連絡する糸球体で構成されている。同じ嗅受容体が発現する嗅受容細胞の軸索は特定の糸球体に投射することから、一般的に嗅受容細胞の種類と糸球体とはおよそ1対1の関係があるとされている。クロオオアリの触角葉は働きアリと雌アリではおよそ480、雄アリではおよそ280の糸球体からなり、雌雄の糸球体数に大きな差が見られる(図1)。クロオオアリの触角神経は腹側神経と背側神経の2本の束に分けられ、それぞれを異なる色素で弁別染色すると、触角葉内で感覚神経路と終末糸球体グループが明確に分けられる(動画1~3)。これらの画像からそれぞれのカーストの触角葉糸球体を立体構築した結果、働きアリと雌アリでは7本の神経路(T1-T7)とそれが終末する7つの糸球体グループ(T1g-T7g)が明らかになった(図2, 動画1, 2)。一方、雄アリではT6糸球体グループは存在せず、6本の神経路(T1-T5、T7)と6つの糸球体グループ(T1g-T5g、T7g)で構成されている(図2, 動画3)。  触角からの感覚情報は一次ニューロンである感覚細胞から触角葉糸球体で二次ニューロンである局所介在ニューロンや投射ニューロンに受け渡される。局所介在ニューロンは触角葉糸球体にのみ神経突起を伸ばし、糸球体での応答を時空間的に調節し、匂いのコーディングに寄与している。クロオオアリ働きアリの触角葉糸球体は、局所介在ニューロンによって明確に2つのカテゴリーに分けられる。1つは触角にある錐状感覚子で体表炭化水素受容に関わる感覚細胞軸索が投射すると考えられるT6グループの糸球体、もう1つはそれ以外のグループの糸球体である(図3)。それぞれのカテゴリーの局所介在ニューロンはお互いに独立し、同じ糸球体に重複して分枝を持つことはない(図3)。すなわち、それぞれのカテゴリーの糸球体における感覚情報は独立に処理されていることを示している。さらに、T6糸球体グループはメス特有で、セロトニン陽性ニューロンの神経突起がほとんど見られない特異的な糸球体グループである(図4)。雄アリの触角葉にはこのT6糸球体がないので、糸球体は2つのカテゴリーに分けられることはない。他の昆虫でこのような独立した2つの糸球体カテゴリーはこれまで報告されたことがないので、おそらくアリが社会性昆虫として進化する過程で、この特異的な糸球体構成を獲得したのではないかと考えられる。




図1.クロオオアリ触角葉糸球体数(Nishikawa et al., 2008より改変)




図2.クロオオアリ触角葉糸球体立体構築像(Nakanishi et al., 2010より改変)働きアリ触角葉糸球体腹側(a)、背側(c)、雄アリ触角葉糸球体腹側(b)、背側(d)。働きアリ触角葉では7本の求心性神経路により7つの糸球体グループ(T1g-T7g)に分けられる(a, c)。 雄アリの触角葉ではT6糸球体グループがないので、6つの糸球体グループ(T1g-T5g, T7g)に分けられる(b, d)。働きアリと雄アリの触角葉のT7グループは10個の糸球体からなり、両者でほとんど同じ形態を持つので、すべての糸球体(G1-G10)を同定することができる(c, d)。





図3.働きアリ触角葉局所介在ニューロン(Nishikawa et al., 2012より改変) 働きアリ触角葉において、染色された局所介在ニューロンのLSM画像(a, b)とその立体構築画像(c, d)。T6糸球体局所介在ニューロン(T6-LNs)(a, c)と非T6糸球体局所介在ニューロン(non-T6-LNs)(b, d)。T4g-T7g、T4-T7糸球体グループ;LSC (lateral soma cluster), 触角葉側方細胞体群





図4.クロオオアリ触角葉セロトニン陽性ニューロン(Nakanishi et al., 2010より改変) 左から働きアリ(a, d)、雌アリ(b, e)、雄アリ(c, f)の触角葉。T1-T5, T7グループ(T1g-T5g, T7g)の糸球体にはセロトニン陽性ニューロンの神経突起が見られるが(a-f)、T6グループ(T6g)の糸球体には見られない(d, e)。


2. クロオオアリの嗅覚高次中枢

昆虫の嗅覚一次中枢である触角葉で処理された情報は、触角葉投射ニューロンによって高次中枢である前大脳へ運ばれる。投射ニューロンには、1つの糸球体に樹状突起を持ち前大脳のキノコ体傘部と側角に軸索終末を持つ単一糸球体投射ニューロンと複数の糸球体に樹状突起を持ち前大脳の広い範囲に軸索を終末させる多糸球体投射ニューロンがある。これまでミツバチやアリの脳において、単一糸球体投射ニューロンの投射経路は、内側触角葉前大脳神経路(m-APT)と外側触角葉前大脳神経路(l-APT)があり、前者が触角葉からキノコ体傘部に分枝して側角に終末し、後者は側角に分枝してキノコ体傘部に終末することが報告されている(Kirschner et al., 2006; Zube et al., 2008)(図1)。クロオオアリにおける触角葉投射ニューロン集団染色の結果、触角葉の2つのカテゴリーの糸球体に樹状突起をもつ投射ニューロンの軸索は、キノコ体傘部と側角でも明確に分離した終末領域を持つ(図2)。すなわちT6糸球体とそれ以外の糸球体からの情報は、嗅覚二次中枢のキノコ体傘部と側角でも独立して処理されることが示唆される(図1、2)。T6糸球体からの単一糸球体投射ニューロンの軸索はm-APTを経由して、キノコ体傘部の嗅覚情報の入力部位であるLipの外側(Lip-I)と側角の腹側後方(LH-I)に終末する(図1-3)。一方、T6以外の糸球体で触角葉の腹側に位置するT1-T4グループの糸球体からの単一糸球体投射ニューロン軸索はl-APTを経由して側角の腹側前方(LH-II)とキノコ体傘部のLip内側(Lip-II, III)に終末し、触角葉の背側に位置するT3, T5,T7グループの糸球体からの単一糸球体投射ニューロン軸索はm-APTを経由してキノコ体傘部のLip内側(Lip-II, III)と側角の腹側前方(LH-II)に終末する(図1-3)。T3-T6糸球体グループに属する単一糸球体投射ニューロンの個々の形態には、それぞれのグループに特徴的な軸索の終末様式や偏在が見られる(図4、5)。このことから、キノコ体傘部と側角に更なる機能的領域の分割が考えられる。それぞれの糸球体グループからの投射ニューロンの形態と生理学的機能の特定が必要である。  クロオオアリ脳のセロトニン陽性ニューロンの中に、側葉に樹状突起を持ち反対側の側葉とキノコ体傘部のLipに終末するニューロンがある。働きアリの脳において、このタイプのセロトニン陽性ニューロン軸索終末はLip中央部に分布し、Lip外側と内側には分布しない(図6)。このようなセロトニン陽性ニューロンによるLipの3領域は、単一糸球体投射ニューロン軸索の分布様式による3領域と対応関係が考えられる。働きアリにおけるLip外側はT6糸球体投射ニューロン軸索の終末領域と一致することから、T6糸球体に入力する感覚情報、すなわち巣仲間認識に関わる体表炭化水素を含む情報は一次中枢でも二次中枢でもセロトニンの修飾を受けないと考えられる。一方、雄アリ脳においては、このタイプのセロトニン陽性ニューロン軸索終末はLip外側から中央部にかけて分布し、Lip内側には分布しない(図6)。すなわち、雄アリのLipは2つの領域に分けられる。雄のLipにはT6糸球体投射ニューロン軸索が終末する領域がないため、働きアリのLipの外側に相当する領域を欠くと考えられる。側角でのセロトニン陽性ニューロンの分布とLH-I, IIとの関係はまだ不明であるが、さらに詳細な検討が必要である。以上の結果から、クロオオアリ働きアリと雌アリ特異的な触角錐状感覚子およびその感覚情報の一次処理中枢と二次処理中枢を含めて、社会性昆虫特有のコロニー維持という社会的職役に関わる情報処理系の存在が明らかになった。




図1.クロオオアリ働きアリの嗅覚処理系(Nishikawa et al., 2012より改変) a. 嗅覚処理系の模式図。触角感覚細胞はその情報の種類により異なる糸球体に軸索を投射させる。働きアリの場合、錐状感覚子にあるおよそ130個の感覚細胞からの体表炭化水素情報などはT6糸球体(T6g)に入力し、さらに投射ニューロンにより前大脳のキノコ体傘部Lip-I(lp-I)と側角LH-Iに送られる。これは雌特異的な情報処理経路である。一方、錐状感覚子以外の感覚情報はT6以外の糸球体(non-T6g)へ入力する。その情報はさらに投射ニューロンにより前大脳のキノコ体傘部Lip-II, III(lp-II, III)と側角LH-IIに送られる。これら2つ処理系は一次中枢でも二次中枢においても重複することなく互いに独立している。b. 働きアリの脳の矢状切片像。触角葉のT6糸球体と非T6糸球体は形態的にもそれぞれ分離して存在していることが分かる。 A, anterior(前方); AL, antennal lobe(触角葉); br, basal ring(基底環); CC, central complex(中心複合体); co, collar(襟部); l-APT, lateral antennal-lobe-protocerebral tract(外側触角葉前大脳神経路); lCa, lateral calyx(外側傘部); lp, lip(唇部); m-APT, medial antennal-lobe-protocerebral tract (内側触角葉前大脳神経路); M, medial(内側); MB, mushroom body(キノコ体); mCa, medial calyx(内側傘部); mL, medial lobe(内側葉); OL, optic lobe(視葉); Pe, peduncle(柄部); SEG, subesophageal ganglion(食道下神経節); V, ventral(腹側); vL, vertical lobe(垂直葉)




図2.働きアリの脳における単一糸球体投射ニューロン集団染色像(Nishikawa et al., 2012より改変) T6糸球体に樹状突起を持つ(a)単一糸球体投射ニューロン軸索は内側触角葉前大脳神経路(m-APT)を経由して、キノコ体傘部Lip外側(Lip-I)と側角の腹側後方(LH-I)に終末する(c, e)。 T6以外の糸球体に樹状突起を持つ(b)単一糸球体投射ニューロン軸索はm-APTあるいは外側触角葉前大脳神経路(l-APT)を経由して、側角の腹側前方(LH-II)とキノコ体傘部Lip内側(Lip-II, III)に終末する(d, e)。それぞれの図(a-f)における脳内ニューロパイルの位置関係を黒枠で示す(g)。A, anterior(前方); AL, antennal lobe(触角葉); br, basal ring(基底環); co, collar(襟部); l-APT, lateral antennal-lobe-protocerebral tract(外側触角葉前大脳神経路); lCa, lateral calyx(外側傘部); lp, lip(唇部); m-APT, medial antennal-lobe-protocerebral tract (内側触角葉前大脳神経路); M, medial(内側); MB, mushroom body(キノコ体); mCa, medial calyx(内側傘部); OL, optic lobe(視葉); Pe, peduncle(柄部); V, ventral(腹側)。




   

図3.側角における単一糸球体投射ニューロン軸索終末の立体構築像(Nishikawa et al., 2012より改変) 集団染色した単一投射ニューロンの側角における軸索終末領域の腹側図(a, b)と外側図(c, d)。T6糸球体からの投射ニューロン終末LH-I(a, c)と非T6糸球体からの投射ニューロン終末LH-II(b, d)は重ならない。A, anterior(前方); AL, antennal lobe(触角葉); l-APT, lateral antennal-lobe-protocerebral tract(外側触角葉前大脳神経路); lCa, lateral calyx(外側傘部); m-APT, medial antennal-lobe-protocerebral tract (内側触角葉前大脳神経路); M, medial(内側); Pe, peduncle(柄部); V, ventral(腹側); vL, vertical lobe(垂直葉)




図4.T3・T6糸球体投射ニューロン(Nishikawa et al., 2012より改変) T3糸球体(T3g)に樹状突起を持つ単一糸球体投射ニューロンとT6糸球体(T6g)に樹状突起を持つ単一糸球体投射ニューロンが同じ触角葉で染色されている(矢印、a, b)。T3糸球体投射ニューロン(T3-uPN)の軸索はキノコ体傘部Lip-II(一矢尻、c)とLH-II(d, e)に、T6糸球体投射ニューロン(T6-uPN)の軸索はキノコ体傘部Lip-I(二矢尻、c)とLH-I(d, e)に終末する。側角での軸索の立体構築像の腹側面(d)と外側面(e)において、軸索終末の重複は見られない。A, anterior(前方); br, basal ring(基底環); co, collar(襟部); D, dorsal(背側); L, lateral(外側); lCa, lateral calyx(外側傘部); lp, lip(唇部); LSC, lateral soma cluster(外側細胞体群); m-APT, medial antennal-lobe-protocerebral tract (内側触角葉前大脳神経路); M, medial(内側); mCa, medial calyx(内側傘部); V, ventral(腹側).




図5.T4・T5糸球体投射ニューロン(Nishikawa et al., 2012より改変) T4糸球体に樹状突起を持つ単一糸球体投射ニューロン(a)の軸索はキノコ体傘部Lip-II, III(b)とLH-IIの前方背側(c)に終末する。T5糸球体に樹状突起を持つ単一糸球体投射ニューロン(d)の軸索はキノコ体傘部Lip-II, III(e)とLH-IIの後方腹側(f)に終末する。それぞれの軸索終末領域も糸球体グループにより偏りがあり、軸索終末の見られない領域がある(*, b, c, e, f)。挿入図(c, f)は側角における軸索終末の立体構築像前方図。A, anterior(前方); br, basal ring(基底環); co, collar(襟部); D, dorsal(背側); l-APT, lateral antennal-lobe-protocerebral tract(外側触角葉前大脳神経路); lp, lip(唇部); LSC, lateral soma cluster(外側細胞体群); m-APT, medial antennal-lobe-protocerebral tract(内側触角葉前大脳神経路); mCa, medial calyx(内側傘部).




図6.キノコ体傘部におけるセロトニン陽性ニューロン a. 働きアリのキノコ体傘部Lipでは、セロトニン陽性ニューロンの神経突起はLipの中央部に見られ、内側(**)と外側(*)には分布しない。これは単一糸球体投射ニューロン軸索の分布様式に見られる3つの領域との対応関係が示唆される。b. 雄アリのキノコ体傘部Lipでは、セロトニン陽性ニューロンの神経突起はLipの外側から中央部にかけて見られ、内側(**)には分布しない。これは、雄アリのキノコ体傘部Lipが内側と外側の2つの領域に分かれることを示唆している。A, anterior(前方); Br, basal ring(基底環);co, collar(襟部);lCa, lateral calyx(外側傘部);lp, lip(唇部);M, medial(内側); mCa, medial calyx(内側傘部)。

   

参考文献

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Nakanishi A, Nishino H, Watanabe H, Yokohari F, Nishikawa M. (2009) Sex-specific antennal sensory system in the ant Camponotus japonicus: structure and distribution of sensilla on the flagellum. Cell Tissue Res 338:79-97.

Nakanishi A, Nishino H, Watanabe H, Yokohari F, Nishikawa M. (2010) Sex-specific antennal sensory system in the ant Camponotus japonicus: glomerular organizations of antennal lobes. J Comp Neurol 518:2186-2201.

Nishikawa M, Nishino H, Misaka Y, Kubota M, Tsuji E, Satoji Y, Ozaki M, Yokohari F. (2008) Sexual Dimorphism in the Antennal Lobe of the Ant, Camponotus japonicus. Zool Sci 25:195-204.

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Tsuji E, Aonuma H, Yokohari F, Nishikawa M. (2007) Serotonin-immunoreactive neurons in the antennal sensory system of the brain in the carpenter ant, Camponotus japonicus. Zool Sci 24:836-849

Zube C, Kleineidam CJ, Kirschner S, Neef J, Rössler W. (2008) Organization of the olfactory pathway and odor processing in the antennal lobe of the ant Camponotus floridanus. J Comp Neurol 506:425-441.

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