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ワモンゴキブリの運動出力系


岡田龍一(兵庫県立大学)


運動出力系の器官と神経系
ワモンゴキブリの付属肢は大顎、小顎など口器のまわりの付属肢、腹部末端にある尾葉(cercus)などがあるが、特に3対6本の脚、2対4枚の翅、2対2本の触角は大型で容易に発見することができる。脚と翅の運動は古くから歩行や飛翔の運動制御メカニズムを解明するためのモデルとして神経生理学の研究対象とされてきたため、それらを動かす筋肉や運動神経がすでに同定されている。近年になって、ゴキブリが積極的に触角を動かして外部環境の情報を取得する能動的感覚受容(active sensing)の機能が注目され始めたことにより、触角の運動、筋肉とその運動神経の詳細な解析が行われている(Baba and Comer, 2008; Okada and Toh, 2004; 岡田, 2002; Baba and Comer, 2008)。

ワモンゴキブリの中枢神経系は頭部の脳神経節(brain)および食道下神経節(suboesophagus ganglion)、胸部にある3つの胸部神経節(thoracic ganglion)、腹部の10個の腹部神経節(abdominal ganglion)からなる。腹部末端側の腹部神経節は互いに融合し形態的にはひとつになり、最終腹部神経節(terminal abdominal ganglion)を形成している。歩行、飛翔などの移動運動を担う脚、翅の運動に関する中枢として働いているのは胸部神経節である。3つの胸部神経節は頭側から、前胸神経節(prothoracic ganglion)、中胸神経節(mesothoracic ganglion)、後胸神経節(metathoracic ganglion)と呼ばれ、それぞれ前脚、中脚、後脚の運動を制御している。翅は、前翅、後翅が左右それぞれ1対ずつある。触角の運動は脳内の後大脳が直接制御している。

外界の光、風、音、振動、匂いなどの環境情報をもとに、歩行や飛翔に関係する運動関連信号が脳で生成され、胸部神経節等の運動中枢へ出力される。運動関連信号とは、運動の準備、開始、終了、歩行や飛翔の方向、自己受容器(proprioceptor)などからの実行中の運動に関するモニタ情報(脚がどれくらい曲がっているかなどの情報)、随伴発射(collolary discharge; エフェレンスコピー、efference copyともいう。出力した運動司令信号のコピーを指し、これにより、実行されるべき運動と実行中の運動とを比較し、その差分から実行中の運動を制御することが可能となる)などである。脳から出力される運動関連信号は脳の下降性ニューロン(descending neuron)によって胸部および腹部の神経節に送られる。


脳の下降性ニューロン  
ワモンゴキブリの脳には、食道下神経節だけでは終末せずに胸部神経節あるいは腹部神経節へと伸びる下降性ニューロンが少なくとも235対あり、細胞体(soma, cell body)の位置によって25個のグループに分けられる(図1)。これら約230対の下降性ニューロンの軸索はすべて頸部神経束(cervical nerve)を通る。軸索が走行する神経束と同側の脳には約150個の細胞体があり、14個のグループに属する。反外側には約80個あり、10個のクラスターに属する。少なくとも6個の細胞体はどちらにも属さず、脳の前面中央付近に存在する。すべての下降性ニューロンの細胞体のうち、脳の前大脳に最も多くの細胞体が含まれており、およそ60%の細胞体はキノコ体の傘の下(腹側)に観察される。その一方で、後大脳には少数の細胞体しか観察されない。脳全体を見ると細胞体は脳の前側よりも後ろ側に多く存在する。脳の後ろ側(後丘)は、ほぼすべての下降性ニューロンの軸索が脳から出ていく前に通過する(図1B,C)。


図1 ワモンゴキブリの脳の下降性ニューロン.
A: 写真右側の頸部神経束から色素を注入し、右側の頸部神経束を通るほぼすべての下降性ニューロンを染色した。脳全体を示している。丸く見えているのが細胞体。 B, C: 脳の中を走る下降性ニューロン群。矢状切片。写真左が脳の前側で、写真上側が脳の背側。細胞体が脳の後ろにあっても(B)、前にあっても(C)軸索は脳の後ろ側を通る。(Okada et al., J Comp Neurol, 2003を改変)




図2 
下降性ニューロンと上行性ニューロンの棘状構造(A)とこぶ状構造(B)をそれぞれ矢尻で示す。スケールは20 mm。(Okada et al., J Comp Neurol, 2003を改変).



ここでは、これまでによくわかっている歩行あるいは飛翔に関して述べる。下降性ニューロンのシナプス入力部位の指標となる棘状構造(spine)の分布から、胸部運動中枢へ運動信号を出力すると考えられている脳内の前運動中枢を推定できる。棘状構造が脳の広い領域で観察されたことから、脳のほぼ全域から運動信号が出力されていると考えてよい。棘状構造が観察されたすべての領域でこぶ状構造(varicosity)も観察された。こぶ状構造はシナプスの出力部位の指標となる構造で、腹部や胸部からの信号を脳に入力する上行性ニューロン(ascending neuron)の出力部位であると推測される。これらのことは、脳の多くの領域は前運動中枢であり、かつ各体節からの情報を受ける感覚中枢であることを示唆している。興味深いことに、キノコ体、中心複合体、側角には棘状構造もこぶ状構造も一切見られない。このことから、この3領域は運動を直接制御している前運動中枢でも、各体節からの情報を受ける感覚中枢でもなく、脳内で処理された各種感覚情報および運動関連信号を統合して間接的に運動を制御している連合中枢であると推察される。

一方、触角の運動は脳の後大脳が運動中枢として働いている。触角の基部には小さな筋肉が多数付着しており、少なくとも17個の運動神経が見つかっている(Baba and Comer, 2008)。さらに、触角を能動的に動かして外部をセンシングするactive sensing(能動的感覚受容)も観察される(岡田, 2002)。こられのことから、ゴキブリが自分の触角の運動を制御できることは明らかであるが、下降性ニューロンが関与しているかどうかは今のところわかっていない。



下降性ニューロンの機能の例  
ワモンゴキブリの触角に軽く触れる(接触刺激を与える)と、ワモンゴキブリは接触刺激を受けたのと反対方向へ回転して逃げる。Comerのグループはこの触角接触-逃避の行動の脳メカニズムを明らかにするために、ワモンゴキブリをトラックボール上に固定して逃避行動の方向と速度を計測しながら、左右に1対あるDMIa-1(Descending Mechanosensory interneuron a-1)と呼ばれるニューロンの神経活動を記録した(Burdohan and Comer, 1996; Ye and Comer, 1996)。すると、接触した触角と反対側にあるDMIa-1は接触した触角と同じ側のDMIa-1よりも早くしかも多くの神経スパイクを出した。つまり、より活動したDMIa-1と同じ側に逃げた。左右のDMIa-1の活動の差は、逃げるときのゴキブリの回転の角度に相関があった。これらのことはDMIa-1が触角への接触刺激によっておこる逃避行動の制御(逃げる方向の決定)に関与していることを示している。


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図3 DMIa-1ニューロン.
この図では省略されているが、右下で切れている軸索は食道下神経節へ伸びる。スケールは100 mm。(Burdohan and Comer, J Neurosci, 1996より)



参考文献

Burdohan JA, Comer CM (1996) Cellular organization of an antennal mechanosensory pathway in the cockroach, Periplaneta americana. J Neurosci 16: 5830-5843.

Baba Y, Comer CM (2008) Antennal motor system of the cockroach, Periplaneta americana. Cell Tissue Res 331: 751-762.

Comer C, Baba Y (2011) Active touch in orthopteroid insects: behaviours, multisensory substrates and evolution. Phil Trans R Soc B 366: 3006-3015.

Okada J, Toh Y (2004) Spatio-temporal patterns of antennal movements in the searching cockroach. J Exp Biol 207: 3693-3706.

Okada R, Sakura M, Mizunami M (2003) Distribution of dendrites of descending neurons and its implications for the basic organization of the cockroach brain. J Comp Neurol 458: 158-174.

Ye S, Comer C (1996) Correspondence of escape-turning behavior with activity of descending mechanosensory interneurons in the cockroach, Periplaneta americana. J Neurosci 16: 5844-5853.

岡田二郎(2002)昆虫の触覚行動. 比較生理生化学19:187-197.


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