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English
触角葉の機能 Function of the Antennal Lobe
触角葉では,一般的な匂い情報の処理に加え,温度,湿度,機械感覚情報の処理が行われる.ここでは,匂いの処理に関する事項に限り,匂いの識別,感度の調節,多種感覚との統合について記述する.

匂い識別
触角葉での情報処理は,匂いの精確な識別に必要である.ミツバチを用いた実験では,触角葉の情報処理に主要な役割を果たす局所介在神経の機能阻害を想定した,触角葉へのGABAA受容体阻害剤を投与する薬理学的操作によって,分子構造が似た匂い物質の識別が阻害されることが明らかになった[Stopfer et al., 1997].現在,匂いの識別に関する様々な現象の解析,識別メカニズムの提案がなされており,これらに関しては,別項「匂い識別機構」で詳述する.

感度の調節 
昆虫は,同一の刺激に対しても,異なる行動を示すことがしばしばある.これは,それまでに受容した感覚刺激の履歴や概日リズム等の諸要因による.詳細は1.4.で記述する.

他種感覚との統合
気流の速さ,温度によって,同一の匂いに対して,投射神経が異なる応答を示すことが分かっている[Zeiner & Tichy, 1998, 2000].こうした応答性の変化について,嗅受容細胞レベルで統合が起こる可能性と,温度・湿度受容に特化した糸球体[Nishino et al., 2003]や,触角葉後方腹側部にある,触角機械感覚運動中枢(Antennal mechanosensory and motor center, AMMC)等からの神経細胞を介した作用である可能性がある.




参考文献

Nishino H, Yamashita S, Yamazaki Y, Nishikawa M, Yokohari F, Mizunami M (2003) Projection neurons originating from thermo- and hygrosensory glomeruli in the antennal lobe of the cockroach. J Comp Neurol 455: 40-55

Stopfer M, Bhagavan S, Smith BH, Laurent G (1997) Impaired odour discrimination on desynchronization of odour-encoding neural assemblies. Nature 390:70-74.

Zeiner R, Tichy H (1998) Combined effects of olfactory and mechanical inputs in antennal lobe neurons of the cockroach. J Comp Physiol A 182:467-473.

Zeiner R, Tichy H (2000) Integration of temperature and olfactory information in cockroach antennal lobe glomeruli. J Comp Physiol A 186:717-727.

触角葉におけるフェロモン情報処理

ガ類では大糸球体は大きさや位置などから容易に同定できることや、フェロモンの化学構造が解明された種が多いことから、触角葉におけるフェロモンの情報処理についてはガ類でよく研究されてきた2,3,5,7,14)。ガ類の大糸球体は複数のサブコンパートメントから構成され、フェロモン受容細胞からの投射を受ける24)。カイコガの大糸球体は、キュムラス、トロイド、ホースシューという3つのサブコンパートメントからなる(図?) 24)。われわれはは最近、遺伝子組換えカイコガの解析から、BmOR1発現細胞(ボンビコール受容細胞)とBmOR3発現細胞(ボンビカール受容細胞)がそれぞれトロイドとキュムラスに選択的に投射することを見出している(櫻井、神崎、未発表)

雄カイコガの大糸球体から二次中枢へ情報を伝達する投射神経(大糸球体投射神経)には4つのタイプがある24)。それらはキュムラス、トロイド、ホースシューの各サブコンパートメントのみに樹状突起(入力領域)をもつものと、キュムラスとトロイド両方のコンパートメントに樹状突起をもつものである。トロイド投射神経はフェロモン主成分(ボンビコール)に、キュムラス投射神経とホースシュー投射神経は副成分(ボンビカール)に特異的に興奮応答し、キュムラス-トロイド投射神経はボンビコールとボンビカールの両方に対して興奮応答を示す(図?) 24)。すなわち、主成分のボンビコールはトロイド、副成分のボンビカールはキュムラスとホースシューで処理されることになり、フェロモン受容細胞で分離されたフェロモンの主成分と副成分の情報は、大糸球体でも空間的に保持されていることになる(図?)

ガ類の多くでフェロモンの構成成分の数と対応した複数のサブコンパートメント構造が大糸球体で見つかっており、ガ類の種分化との関係が論じられている25)
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