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クロオオアリの特徴的行動

尾崎まみこ(神戸大学大学院理学研究科)



真社会性昆虫としての行動・生活様式


真社会性の条件は、ある動物種が、(1) 同種の複数個体で共同して子供を育てる (2) 親世代成体と、子世代の成体が共存する (3) 生殖のみを行う個体(生殖カースト)と、生殖を行わない個体(不妊カースト)が存在する、これら3つの生活・行動様式を満たすこととされる。その範疇においてクロオオアリは典型的な真社会性昆虫である。世代を越えた同種個体集団が同所的に生活し不妊カーストが共同で、生殖カーストが産む子の世話をする、その空間的なまとまりをコロニーと呼ぶ。コロニーの創成は、梅雨の前後の時期、高温多湿の穏やかな午後に近隣の巣から一斉に結婚飛行(図1)に飛び立った娘女王と雄アリが空中で交尾し、地上に降りて翅を落とした女王が土中に巣を構えて産卵するところから始まる。

   


図1 結婚飛行が始まる・・・働きアリに先導されて、巣穴の向こう側から翅のある雄アリが、こちら側から頭の大きい娘女王が顔を出し、外を窺っている。
(写真提供 神戸大学全学共通教育機構助教 石村理知)



クロオオアリの個々のコロニーでは、単一の女王個体が生殖を一手に引き受けている。同居する他の個体は、すべてこの一頭の女王が産んだ働きアリと次世代女王(娘女王)と雄アリである。コロニーを単位とする、血縁で結ばれた社会を確立し維持発展させていくためには、コロニーメンバーとそれ以外の個体を適切に区別して行動を切り替えるしくみが、特に働きアリにおいて必要となる。

働きアリの役割分担は齢によって緩く決定されているようにみえる。若齢個体は女王や次世代女王、雄アリ、卵、幼虫の世話など、齢が進むと巣外へ出て採餌活動に携わる。働きアリが共同でおこなう採餌活動はタンデム行進という比較的小規模な行列歩行に特徴づけられる(図2)。餌場をみつけた個体は短距離の道程を選んで巣に戻った後にリーダーとなって数頭の働きアリ(フォロワー)を動員して、これを餌場へと誘導し採餌の効率化を計っている。誘導にはフェロモナルな化学シグナルが用いられると考えられているが、その実体は分かっていない。リーダーとフォロワーは役割分担が決まっているわけではない。餌場情報を獲得して帰巣した個体がリーダーとなって、尾端から未同定のフェロモンを出して路上につけながら、自身は視覚情報とそれに基づく記憶を頼りに餌場へ向かい、動員されたフォロワーはこのフェロモンの助けを借りて嗅覚を頼りにリーダーに付かず離れず従っていく。リーダーとフォロワー間の距離が離れると行列が崩れてしまうことから、フォロワーの注意を持続させるフェロモンは比較的揮発性の高い化学物質と予想される。この様に、クロオオアリにおける、コロニー仲間どうしの共同作業、異コロニー個体や異種生物に対する排撃的行動には、フェロモンや環境化学シグナルの影響が多くみられる。




図2 タンデム行進・・・フォロワーはリーダーの化学信号に導かれる。
(写真提供 琉球大学農学部学術研究員 北条賢)



巣仲間認識行動

単女王制の社会を営むクロオオアリにおいては、巣とコロニーは実質的に同じと考えてよい。従って、巣仲間認識(nestmate recognition)は、働きアリが、同一コロニーに所属する個体を仲間として遇する一方で、異コロニーや異種個体を攻撃や逃避の対象として認知するための重要な要素となる。働きアリどうしが出会うと(図3A)、まず、互いの体の表面を嗅覚器である触角で探り合う触角探査(アンテネーション)(図3B)を行ったのちに、相手が巣仲間ではないとわかると大顎で噛みついたり(図3C)腹曲げをして尾端から相手に蟻酸を噴射したりする(図3D)排撃的な攻撃行動に移る。そこで、体表化学物質に起因する「体臭」の同異が巣仲間認識の鍵となっていると考えられた。



      


図3 異巣どうしの2頭が出会うと触角探査の後に攻撃行動が発現される。
(写真提供 神戸大学大学院理学研究科学術研究員 小林碧)



クロオオアリの体表炭化水素は、難揮発性、かつ難水溶性の18種類の成分を含み、その混合パターンは、コロニー特異的に働きアリ間で共有されていた(図4)。このように化学生態学的観点から体表炭化水素が巣仲間認識の鍵となることが示唆されてきた。

      

図4 異巣の働きアリの炭化水素のガスクロマトグラム比較例.
(Ozaki et al., Science (2005)より改変)



次いで、クロオオアリ働きアリにおいて、触角上の錐状感覚子(図5)が炭化水素に感受性があること、しかも、同巣アリの体表炭化水素には応答せず異巣アリの体表炭化水素であればどのような混合パターンであれ応答することが示された(図6)(Ozaki et al., 2005)。

      


図5 クロオオアリの働きアリ触角にみられる炭化水素感受性の錐状感覚子.
(写真提供 福岡大学理学部助教 岩崎雅行)



基本的に錐状感覚子の応答が攻撃行動を起動すると考えることで、巣仲間識別に基づく行動切り替えの神経基盤が感覚器レベルで明らかとなった。この巣仲間識別システムのポイントは、錐状感覚子の同巣アリ体表炭化水素に対する沈黙である(図6)。これは、同巣アリの体表炭化水素混合物が自己の混合物と共通しているために錐状感覚子はその刺激に順応しているためであろうと説明されている。錐状感覚子が炭化水素パターン識別を実現するもう一つのポイントは、感覚子内の親水環境に体表炭化水素を取り込む仕組みである。これは、錐状感覚子内の受容器リンパ中に溶けている化学感覚蛋白(Chemosensory protein,CSP)が、炭化水素を結合してもとの混合比を保存したまま受容神経の膜表面へと運搬すると推察されている(図7、8)(Ozaki et al., 2005)。

 

図6 錐状感覚子の応答.異巣アリの炭化水素にだけ激しく応答する。(Ozaki et al., Science (2005)より改変)


図7.CSPによる炭化水素群の可溶化・・・混合比を保持したまま親水環境へ。
(Ozaki et al., Science (2005)より改変)



図8.触角錐状感覚子内におけるCSPを介したCHC運搬・受容機構モデル.
(図提供 ノースカロライナ大学博士研究員 勝又綾子)



多女王制の融合巣社会を造る種においては、巣をコロニーと同義に扱うことはできない。この様な種においては、近隣の巣の働きアリどうしは巣間を自由に往来できる。この場合、融合した巣の総体をコロニーと見做しスーパーコロニーと称する。融合巣を造る在来種のエゾアカヤマアリにおいては、血縁度に関係なく体表炭化水素組成の類似度が容認・排撃の行動スイッチの鍵を握ることが確かめられた(Kidokoro-Kobayashi et al., 2012)。南米の原産地から世界各地に侵入し巣を融合して巨大なスーパーコロニーを造っているアルゼンチンアリにおいても、鍵を握るのは炭化水素であるとされてきたが(Torres et al., 2007)、最近、それ以外の体表物質が重要である可能性も出てきている。

アリとシジミチョウの共生

世界各地でアリに幼虫の保育を託すシジミチョウがみつかっている。クロシジミの母蝶はクロオオアリの巣や採餌場付近を選んで産卵する。クロオオアリの働きアリはクロシジミの2齢幼虫を巣に連れ帰り、給餌、清掃をして育てる。育てられたクロシジミ幼虫は終齢になると巣の出口付近に移動し蛹化する。クロシジミ成虫はクロオオアリにとって餌として攻撃捕獲の対象となるために羽化後ただちに巣を脱出する準備であるといわれる。それにもかかわらず、クロシジミの幼虫や蛹はクロオオアリから攻撃されることなく、働きアリの世話を受けることができるのである。共生を支える2つの化学トリックが知られている。一つ目は、クロシジミ幼虫が、クロオオアリの特異的な味覚嗜好に合わせたグリシンとトレハロースを含む甘露を分泌すること(図9)(Hojo et al., 2008)。2つ目は、クロシジミ幼虫が、クロオオアリの雄アリの体表炭化水素組成を獲得して、働きアリの手厚い世話を受ける生殖カーストに化学擬態していることである(図10)(Hojo et al., 2009)。




図9 クロオオアリの分泌甘露・・・クロオオアリ好みのカクテルはトレハロース+グリシン(上、アリの味覚神経活動;下、甘露を舐めるアリ)。
( Hojo et al., J Comp Physiol A (2008)より改変;写真提供 琉球大学農学部学術研究員 北条賢)





図10 クロシジミの化学擬態・・・クロオオアリ雄の炭化水素に似ている。(Hojo et al., Proc Roy Soc B(2009)より改変)



参考文献

Hojo M, Wada-Katsumata A, Ozaki M, Yamaguchi S, Yamaoka R (2008) Gustatory synergism in ants mediates a species-specific symbiosis with lycaenid butterflies.J Comp Physiol A 194:1043-1052.

Hojo M, Wada-Katsumata A, Akino T, Yamaguchi S, Ozaki M, Yamaoka R (2009) Chemical disguise as particular caste of host ants in the inquiline parasite Niphanda fusca (Lepidoptera: Lycaenidae). Proc Roy Soc B 276:551-558.

Kidokoro-Kobayashi M, Iwakura M, Fujiwara-Tsujii N, Fujiwara S, Sakura M, Sakamoto H, Higashi S, Hefetz A, Ozaki M (2012) Chemical discrimination and aggressiveness via cuticular hydrocarbons in a supercolony-forming ant, Formica yessensis. PLOS ONE 7:e46840.

Ozaki M, Wada-Katsumata A, Fujikawa N, Iwasaki M, Yokohari F, Satoji Y, T, Nisimura T, Yamaoka R (2005) Ant nestmate and non-nestmate discrimination by a chemosensory sensillum. Science 309:311-314.

Torres C W, Brandt M, Tsutsui N D (2007) The role of cuticular hydrocarbons as chemical cues for nestmate recognition in the invasive Argentine ant (Linepithema humile). Insect Soc 54:363–373.

RK-check 2013.3.2

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